小児科医みょうり
その子は、午前中の診療を終えた診察室に前触れなく突然、お母さんといっしょに顔を出してくれました。10年以上ぶりです。笑顔の似合う元気な高校生に成長していました。
その子は、生まれる時も前触れなく突然やってきました。予定日まで2カ月、お母さんの体調が急変して、緊急帝王切開です。産声はありません。それどころか、心臓はほとんど止まっています。頭の中でみるみる出血が広がっていくのも超音波エコーで確認されました。
早く生まれたし、小さいし、ふつうのことをやっていたのでは助からない、助かってもきっと重い後遺症が残るだろう…。そこでボクたちは、当時大人で効果を挙げて注目され始めていた治療法に懸けることにしました。氷を使って頭を冷やし、ダメージを受けたであろう脳の機能を守ろうというものです。
チームの誰も経験したことのない時間を、ご家族と共に祈るような気持ちで過ごしました。1週間後、麻酔を切ってしばらくすると、その子は何事もなかったかのように手足を動かし始め、そして目を開けて、お昼寝から覚めただけのような顔をしてあくびもしました。
最後に会った時、たった一つの後遺症は、左手でジャンケンのチョキが上手にできないことでした。今はどう? 「なんとかできるようになったよ、お友達と写メでポーズする時にちょっと困る程度」、なんだって。
チームの誰しもが「明るい未来が想像できない」と感じながら治療に臨んだその子と、こんなふうに再会できるのなら、こどもの生きる力を信じないわけにはいきません。治療にあたるボクたちがあきらめてちゃいけない、そう教えてもらいました。
小児科のお医者さんになってよかったなあと、しみじみ感じた1日でした。